京都で仏師の工房で働いていた友人が数年前から日光に移り住んで、オムライス専門店を開店して閉店させていた。年末に柴又の実家に帰ってくるのに合わせて、彼と金町駅南口で待ち合わせた。
何語かわからない名前のタワーマンションが駅の近くにはでき、京成金町の駅舎は新しくなり、ずいぶん雰囲気が変わっている。目的があったわけではないので、車で駅まで来た彼となんとなく北口方面に車を走らせる。車の運転をしながら彼は失われてしまった下町らしさについて話している。
「日光では仏像彫らないで何してるの?東照宮もあるし仕事たくさんありそうだけど」
「今は家具の工房で働いてる」
「仏像は?」
「気持ちが仏像彫る状態じゃないんだよね。マイナス方向ていうか。仏像彫るような清い心じゃないんだよな。技術的には鎌倉なんだけど、個人的には平安が好きだからさ」
「その状態はいつごろまで続きそうなの?」
「一応、来年にはその邪悪な状態から抜ける予定だから、それから仏像彫ろうかな」
「邪悪な状態を抜ける予定て、なんだよそれ」
「抜ける予定を立ててでも仏像彫らないと、彫り方忘れちゃうでしょ」
近くに住んでいる友人も合流することになったので、待ち合わせのためコンビニに車を止めてコーヒーを買いに行く。
隣の機械でコーヒーを淹れている彼が、Sのカップを買ってLのボタンを押してもギリギリ溢れないことをこっそり教えてくれた。
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