二年ほど音信不通だった友人から突然電話がかかってきて多摩川を越えたところにある駅前で待ち合わせた。1月のまだ正月の雰囲気が残った19時過ぎの駅前の商店街は人で賑わっている。人混みでもひと目でわかる長身で華奢な猫背気味の彼は踏切の向こうから片手を上げながら近づいてくる。仕事が終わってからシャワーを浴びて来たので少し遅れてしまったらしい。手近なところにあるチェーンの居酒屋に入った。
席につくと若干神妙な面持ちともったいぶったような口調で彼は、
「まあ今日呼び出したのはだな。ちょっと二年ほど島根の方でお勤めしてた訳よ」
「ん。何のお勤め?」
「つまりは刑務所に入ってた。2年なんてショートだし、そんなにきつい所じゃなかったんで大したことないのだけど。ひたすら二年間デパートの手提げ袋を作ってた。ロングだと北海道じゃん。ロングじゃないから良かったほうだよ」
衝撃的な告白で二年間の音信不通の理由がわかった。ショートとかロングは刑期のことらしかった。
「なにしたの?」
「3ヶ月の間に傷害2件。飲み屋で揉めて。よく考えるとなんで喧嘩したのかは理由はよくわからないんだけどね」
私が小学生の頃から彼を知っていて、色々複雑な家庭環境であるということも周りの大人の反応からなんとなく察していた。ついぞいままで家族について彼に直接は聞いたこともなかったし、聞くべきでもないと思っていた。
「お前さ、汐留行ったことあるか」
「あそこの工事に昔、鳶で入ったんだわ。50メーターくらい地下あんのな。そこで作業してるときの写真が会社のパンフレットで使われてんだわ。お前に撮ってもらったらもっとイケてたんだじゃないかな。いやー気に入らないわ。まあ見てみてよ」
「いやこんな小さく写ってたら誰だかわからないじゃん」
「いやわかるでしょ。完全に俺だよ」
今の職場はショートで島根に行く前から勤めていた会社で休みは週に一度しかないようで、何をしているかと聞くともっぱら多摩川にシーバスを釣りに行くらしい。一時期ハマっていたキャバクラはどうしたのかと聞くと、金かかるし進展ないし、飽きたらしい。まあキャバクラとはそんなもんだと思ったが口には出さなかった。昔の携帯に入っている釣り上げたシーバスの写真をスマホに移したいらしいのだが赤外線機能がいまのスマホにはなく、写真を見せる用に昔の携帯も持ち歩いていた。
「休みの日はいつもシーバス?」
「そう。常に行くね」
「一日いたら寒いでしょう。夏は暑そうだし」
「すげー面白いよ。竿一本余分にあるから今度一緒に行くか。この時期は寒いから常連ばかりだね。暖かくなるとガキが多くなるからこの時期は寒いけど静かでいいんだよ」
「寒いからこの時期は行きたくないな。暖かくなったら行くよ。一日いても飽きないものなの?」
「ビール飲んで釣りして、常連の文房具屋のおっさんと話してダラダラしてたら一日終わってる。写真だって一日撮っていて飽きないの?一緒でしょ」
「まあそう言われると同じような気がしてくるけど」
「気が向いたら、電話してよ。来るときに電車から見える橋のすぐ脇にいるから。大体日曜はいるから」
どうやら部屋は借りてなくて、会社の寮で寝泊まりしているようだった。もう遅くなってしまったので、帰ると足音で他の人を起こしてしまうので今日は漫画喫茶のオールナイトパックで朝まで寝る予定だと彼は言う。明日はもちろん寮に竿をとりに帰ってそのまま釣りに行くらしい。別れ際繰り返し、釣りに来るようなら連絡するようにと念を押された。
都内に戻る電車が川に差し掛かり外を見てみると、両岸のタワーマンションが明るく照らし出されていたが彼が釣りしていると言っていた橋の辺りは暗くて何も見えなかった。
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