ポエジーは認識、救済、力、放棄である。世界を変えうる作用としての詩的行為は、本質的に革命的なものであり、また、精神的運動なるがゆえに内的開放の一方法でもある。ポエジーはこの世界を掲示し、さらにもうひとつの世界を想像する。
「弓と竪琴」 オクタビオ・パス 牛島信明 訳 ちくま学芸文庫
トーマス・ルフ展が話題になっている中、ほぼ一ヶ月前に見に行った世田谷美術館での展覧会「マヌエル・アルバレス・ブラボ写真展ーメキシコ、静かなる光と時」について。1902年に生まれ2002年の100歳まで生きたメキシコの写真家、マヌエル・アルバレス・ブラボ。
会場には8×10サイズの調色されたモノクロプリント(セレニウム?)とプラチナプリントを中心に192点もの作品が作家の年代順に並べられた回顧展。2012年にパリとメキシコで行われた「待ちぶせする写真家」ではカタログで観る限りテーマ別で展示されたようなのでずいぶん写真のセレクトも違い、どちらかというと今回の日本での展示の方法の方が作家の興味の変遷などがわかりやすく好みではありました。(待ちぶせする写真家」ではカタログでは「Creating」「Construction」「Appearing」「Seeing」「Lying」「Revealing」「Walking」「Dreaming」となっていてこの分け方も興味深いです)
初期の作品はテーブルでのセットアップ写真やモダニズムの影響を受けた構成された画面の写真やアジェ風の街角のスナップが20代ごろまであり、色々と実験している様子がわかります。有名な「目の寓意」もこの頃の作品です。詩的な印象というよりも即物的なものが前面に出てきているような感じがするものが多くなります。30代頃の作品から写真に詩や物語性の強い写真が多くなり、被写体の視線などをかなり注意深くコントロールしているものや光や被写体の選び方も初期のスナップショットとは違い偶然性というよりはイメージを作り込んでいていいるような印象を受けます。道に寝ている人や横たわっている人、死んでいる動物写真など死を連想させる写真もこの頃見受けられるが、息子も語っているように発表されている写真は全体の1割にも満たないそうなのでセレクトする人がメキシコ的なイメージを選んでいるのかもしれないです。本人も同じ写真ばかり選ばれるのに少しうんざりしていた様子も語っています。
作品をほとんど発表していない30代後半から50代後半までのあいだも写真は取り続けていたようで、この頃作品がとても素晴らしい。平凡な日常がそこにはあるだけなのですが、平凡な日常のすぐそばにある普遍的なもの、神話的な世界に接続されているような写真がこの頃からどんどん純度を増して行きます。1967年にガルシア・マルケスの「百年の孤独」が出版された事が象徴するようにラテンアメリに漂うマジックリアリスムの影響がさらにこの傾向を加速させたのかもしれないです。オクタビオ・パスにも見られる、(オクタビオ・パスのポートレイトも撮影している)シニカルさや死や虚無に向かっていく憂鬱とは一切無縁などこまでも肯定的ですべてを飲み込んでしまうようなポエジーがそこには見て取ることができます。ラテンアメリカのこのおおらかな明るさみたいなものには日本のジメジメした湿度高めの環境にいると憧れます。
晩年は自宅や庭で撮影されたものが多くなり、これまでのやってきたことがすべて純粋な形で写真にとどめられ、自宅から世界に、その先の普遍的なものに向かって開かれています。写真を満たす多幸感。晩年の作品は大判カメラで撮影しているものが多いので、(ジナーP、で撮影している様子の写真が残っているので。その物理的な重さや取り回しの不便さから)身体的な衰えが自宅や庭を撮らざる負えない状況であったかもしれないですし、そもそも自宅でしか撮影しないつもりでジナーPを使っていたのかもしれないです。若い頃に比べて撮影する場所はより身近な狭い空間になっているにも関わらず、これまでの作品と全く見劣りするわけではなく、むしろより研ぎ澄まされている印象を受けます。正岡子規が結核に倒れ病床で書いた「病床六尺」の冒頭の一文がおもいだされます。
病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。
「病床六尺」 正岡子規
近年すっかりSNSやインターネットで速いメディアの中で一枚の写真のある種の”派手さ”に目を取られがちですが、この平凡な日常とその横にぽっかり広がる普遍性への入り口を感じるには見る側にも一定の遅さが求められるのではないかと感じました。
写真は世田谷美術館のバリー・フラナガン(Barry Flanagan)「馬とクーガ」。建築は内井昭蔵で周辺のランドスケープは新潟の安穏廟の設計で知られる野澤清です。あいにくの雨の写真ですが世田谷美術館に訪れる際は合わせて観るのがおすすめです。リチャード・ロング、関根伸夫の作品のもあります。
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